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東京高等裁判所 昭和50年(く)1号 決定 1975年2月03日

少年 T・Y(昭三一・一一・一四生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の趣旨および理由は、申立人作成名義の抗告申立書に記載されているとおりである。

そこで、当裁判所は、記録を調査し、また、申立人、申立人の両親および申立人が在院する少年院の教官から直接事情をきいて検討した結果、本件犯行の内容と申立人のこれまでの生活態度からみると、申立人の非行性の根は深く、申立人の現在の精神状態と申立人が帰宅した場合の生活環境から考えると、現段階においては、申立人の再非行を防止し、申立人に健全な生活態度を体得させるためには、申立人が医療少年院で教育を受けるのが最善であるとの結論に達した。

この点に関し、申立人は、まず、本件犯行が初犯であり、その原因が○○高校に通学中他の生徒からいやがらせを受けたことにあることを強調する。

しかし、申立人は、本件において、一年半以上の長期間にわたり被害者が判明した分だけでも合計二八回の盗みを現実に行ない、または行なおうとしたものであつて、最初は深夜戸外に干してある女性の下着をひそかに盗むことに始まり、やがてスリルを求めて自転車を盗むようになり、遂には他人の居宅や店舗に深夜侵入して現金などを盗むようになるなどその方法も次第に大胆で専門的となつたこと、ならびに、申立人は、昭和四九年九月一一日盗みが発覚して以来数回にわたつて警察官の取調べを受けるに至つたのに、その後も盗みを反復していたことからみると、本件犯行、とくにその中でも後期の犯行は、形の上では初犯であるとはいえ、実質的には常習者の犯行に近い。

また、本件犯行の原因についてみると、確かに、申立人が○○高校に通学中、他の生徒から相当ないやがらせを受けたことは、申立人の単なる妄想ではなく真実であり、また、それが申立人の精神異常を高め、本件犯行を反復させるに至つた一つの原因になつたことは否定できないものと思われ、申立人はこの意味においては被害者であり、原裁判所が、調査、審判に際して、この点に関する申立人の弁解を十分にきかなかつたとすれば、それは申立人の心情を無視したものとして非難されなければならない。しかし、申立人が右のような被害を受けた原因をさらに遡つて考えると、それは結局申立人の精神的弱さと対人関係のまずさに起因するものであつて、それが同時に本件犯行を反復させた真の原因となつているものと思われる。したがつて、申立人が今後本件と同じあやまちをくり返さないためには、まず申立人がこれを克服することが必要であり、本件において申立人が右のようないやがらせを受けたことが本件犯行を反復させる原因になつているからといつて安易に申立人の非行性の根が浅く、少年院での教育が必要でないと考えることはできない。

また、申立人は、自分の精神異常の点は現在完全に治つていると主張する。確かに、申立人は少年院に入院以来申立人がいうような発作や幻聴がなくなり、以前に比べるとその病状は落ちついてきている。しかし、申立人は現在不眠症を訴えるなど、その精神状態はなお普通の人に比べると不安定であり、また、申立人のかつての精神異常が学校を休学して入院しなければならない程強度のものであつたことからすると、現在それが完全に治つているとは断定できず、なお、当分の間専門的な見地からその経過を観察する必要があるのみならず、さきに述べたように、申立人には精神的な弱さと対人関係のまずさが認められ、それが申立人の精神異常を引き起こし、ひいては、盗みなどの非行に発展する危険があることからすると、このような申立人の精神面での改善を図るための教育訓練こそ現在の申立人にとつて最も必要であると認められる。

次に、申立人は、自分は本件により逮捕されて以来苦しむだけ苦しんで反省しているから、今後は再びあやまちを犯さないと主張する。確かに、申立人は、昭和四九年一〇月二六日第一回の逮捕を受けたことにより相当程度反省し、同月二八日釈放されてから翌一一月一七日第二回の逮捕を受けるまでの間はそれまで反復して犯していた盗みもしなくなり、また、その後現在まで二か月余にわたり鑑別所、少年院に収容されている間にいろいろ悩み苦しんだ結果、現在真に再びあやまちをしないことを心に誓つているものと思われ、右のような申立人の気持はまことに立派であり、十分に尊重されなければならない。しかし、問題は、そうであるからといつて、帰宅を許した場合にも、申立人が右の気持を持ち続け、それに従つて再びあやまちを犯さずに生活できるか否かである。人間は風に吹かれる葦のように弱いものであり、申立人がこれまでかなり生活態度が乱れており、盗癖も身につきかかつていたことから考えると、申立人が帰宅後右の気持を持ち続けるためには人並み以上に強い自覚と信念が必要である。しかるに、申立人は、さきに述べたようにその精神状態はなお不安定であり、また、本来精神的な弱さが認められるのであつて、帰宅を許した場合、ささいなことから気持が挫け、再び本件と同様の結果を招く危険が少なくない。とくに、申立人は、本件により高校を退学するに至つており、現在帰宅した場合の環境は、本件当時の環境より一段と悪くなつていることも留意されなければならない。

以上のように考えてくると、申立人は、この際、医療少年院において、精神障害の予後の観察を受けて適宜必要な治療を受けるとともに、これまでの乱れた生活態度を正し、精神的な弱さと対人関係のまずさを改善するための教育訓練を受けることが、申立人の将来のために最善の方法と認められる。なお、申立人は、早く高校に復学しないと将来大学の図書館科に進学する希望がかなえられなくなることを心配するけれども、現状においては、高校に復学する場合には新たに一年生から入学する以外の方法は困難であり、その場合には普通の生徒より三年遅れることとなつて、卒業するまでには相当の困難が予想されるから、大学進学の意思が強いならば、むしろ大学の検定試験の勉強をする方が相当であるとも考えられるし、また、申立人の将来については申立人が考える他にも申立人に適した途がいろいろあるものと考えられるのであり、したがつて、申立人の将来は少年院での生活により必ずしも損なわれるものではなく、かえつて、少年院の教官の指導助言を受けることによつて申立人のより適切な進路を発見しうるかも知れないのである。

以上の次第で、本件抗告は理由がないので少年法第三三条第一項によりこれを棄却することとする。

したがつて、申立人は、今後相当の期間医療少年院で治療、教育を受けることとなり、とくに、申立人の集団生活になかなか馴じめない性格からすると、少年院での生活にはいろいろ苦しいことがあると思われるが、それらはすべてさきに述べたように申立人の精神面での鍛錬のためにあることを自覚して、積極的にこれを克服しようと努力し、一日も早く立派な青年となつて社会復帰することを当裁判所は希望するものである。

(裁判長裁判官 吉川由己夫 裁判官 瀬下貞吉 竹田央)

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